はじめに
「弁理士試験の短答の答えって、なんとなく×の方が多い気する……ような……」
弁理士試験の短答式を勉強したことがある人なら、一度はそう感じたことがあるのではなかろうか。
この感覚、実はデータによって裏付けられる。さらに法域別に深掘りしていくと、法域によって最適解が変わるという、なかなか面白い事実が見えてくるので、この記事で紹介したい。
※あくまで「いくつあるか問題」に限ってのハナシ
本記事で展開する確率論には重要な前提がある。
この議論が適用されるのは「いくつあるか問題」に限る、という点だ。
通常の択一式問題(「正しいものはどれか」「誤っているものはどれか」といった形式)は、問題文の題意の時点で○か×のどちらを探すべきかが明示される。そして、○か×かの比率は常に1:4(あるいはその逆)なのだから、○×の比率を論じる意味がそもそもない。
一方で「いくつあるか問題」は、各選択肢が○か×かをすべて自分で判断した上で「○が何個あるか」を答える形式だ。全選択肢の正誤が分からなければ答えが出せない構造上、分からない選択肢であっても何とかして点に変えていくという、少々ダーティーな手際が必要になる(こともある)。
本記事のデータと戦略は、この「いくつあるか問題」における各選択肢の正誤判断の場面を念頭に置いている。
1. まずは全体像:H14以降の○×比率
平成14年以降の短答式試験について、「いくつあるか問題」の選択肢全体における○×の数を集計した結果は以下の通りだ。
表1:H14以降の「いくつあるか問題」の選択肢における○×の数と比率
| 正誤 | 数 | 比率 |
|---|---|---|
| ○ | 1,097 | 44.2% |
| × | 1,382 | 55.7% |
| △ | 1 | 0.09% |
| 合計 | 2,480 | — |
「いくつあるか問題」の選択肢では、×が55.7%を占めている。なので、「×の方が多い」という感覚の正しさはデータでも裏付けられている……といえるだろう。
ちなみに、試験攻略上は無意味な情報なのでいちいち詳細を発表しないが、択一式を含む全選択肢を集計した結果も、○×の比率はだいたい○3:×4というところである(全体的に×が多い)。
2. なぜ×問題が多いのか? 出題者側の事情
そして、この偏りは偶然ではない。
試験問題の作成プロセスを考えれば、そこには×が多くなりやすい構造的な理由がある。
本質的に、法律のテストで○の問題を作るのは難しい。
正しい記述にするためには、条文・要件・例外・期間など、すべての要素を正確に満たす文章を組み立てなければならない。一字一句、一要件でも誤ると「実は×」になってしまうため、作問サイドにも相応の緊張感が求められる。
特に条文知識をベースとした事例問題を作成する場合、その労力と緊張感は半端なものではない。
レビューする側も、「本当にこれは○か」を条文と突き合わせて丁寧に確認する必要がある。そういう意味で、条文そのままを出すような問題でもない限り、○問題は作成コストが大きいのである。
よって、避けられがちになり、○の比率は下がるというわけだ。
一方、×問題は作りやすい。
理由は簡単で、正しい条文・判例の要件をひとつだけ意図的に外せばよいからだ。
たとえば「30日以内」とすべきところを「60日以内」に変える、「できる」を「しなければならない」に変える——そういった改変で×問題が成立する。あとはまあ、身も蓋もないハナシだが、過去問の正解肢や状況設定をチョロっと改変してヘイお待ち! 今度はバツね! みたいなコトも可能だ。
改変箇所が明確であるため、レビューも「ここを変えたから×になる」と確認しやすい。
結果として、試験委員が意識するしないにかかわらず、×問題が多くなりやすい構造的な偏りが生まれる。弁理士試験の短答式で「×が多い」のは気のせいではなく、作問プロセスに根ざした必然なのだ。
3. 法域別データが示す「例外」の存在
しかし、全体傾向をそのまま各法域に当てはめるのは、まだ早計である。
法域別に集計すると、興味深い差異が浮かび上がる。
表2:法域別の○×比率(いくつあるか問題)
| 法域 | ○ | × | ○比率 | ×比率 |
|---|---|---|---|---|
| 特実 | 484 | 736 | 39.6% | 60.3% |
| 意匠 | 189 | 264 | 41.7% | 58.3% |
| 商標 | 224 | 231 | 49.2% | 50.8% |
| 条約 | 180 | 128 | 58.4% | 41.6% |
| 著作権法 | 19 | 19 | 50.0% | 50.0% |
| 不競法 | 1 | 4 | 20.0% | 80.0% |
なお、著作権法と不競法についてだが、過去にわずかながら「いくつあるか問題」が出題されたことはあるものの、現行では択一式問題のみと考えてよい。
サンプル数も極めて少ないため、以下の分析では特実・意匠・商標・条約の4法域を中心に論じる。
① 特実・意匠:×優勢、全体傾向と一致
特許・実用新案(以下、特実)では×が60.3%、意匠では58.3%と、全体傾向を上回るペースで×が多い。「迷ったら×」戦略が最も有効に機能する領域だ。
② 商標:ほぼ五分五分
商標はほぼ50対50だ。「×優勢」という全体傾向が当てはまらない。
なぜか。商標の問題は、正しい条文・規定をベースとしつつ、そこからの微妙な引っ掛けで出題されるパターンが多いと考えられる。「商標登録を受けることができる」か「できない」か、「取り消すことができる」か否か、といった形で、教科書的な正解の一部をちょっと変えるだけで×を作れる。
つまり、特実や意匠ほど○問題の作成コストが高くない。
結果として、○と×がほぼ均等に出題されることになる。
商標で「迷ったら×」を採用しても、期待値は50%でしかない。コイントスと変わらないと割り切るべきだ。もしかしたら、○×の比率が偏らないように調整しているのかも……(考えすぎ?)
③ 条約:むしろ○が多い
最も興味深いのが条約だ。○が58.4%と、×(41.6%)を大きく上回っている。
全体傾向と逆転している。
これはおそらく、条約問題では条文そのままの出題が多いことに起因する。パリ条約やPCT、TRIPs協定といった条約の条文は、それ自体が正確に記述された「正しい文章」だ。
条文をそのまま引用すれば○問題が完成するため、○問題の作成コストが非常に低い。
一方、×問題を作るには、条約の文言を意図的に変える必要があるが、条約の文言は一般的な国内法よりも厳密であるため、不自然にならないよう改変するのがかえって難しい面もある。
したがって、条約においては、迷った場合の期待値が高いのは「○」だ。
4. 法域別「迷ったとき」戦略まとめ
議論を整理すると、以下のようになる。
| 法域 | 迷ったときの推奨 | 根拠 |
|---|---|---|
| 特実 | × | ×が60.3% |
| 意匠 | × | ×が58.3% |
| 商標 | どちらでも(五分五分) | ほぼ均等 |
| 条約 | ○ | ○が58.4% |
一言でまとめるなら——「特実・意匠なら×、条約は○、商標はコイントス」だ。
5. 実践的な使い方と注意点
最後に、この知識をどう使うべきかを整理しておく。
この確率論を用いるべきは、知識がまったくなく、どちらか完全に分からないという場面に限る。ある程度の根拠があるなら、その根拠を優先すべきだ。確実な知識に優るものはない。
ただし、「なんとなく○な気がする……」程度の根拠しかない場合、特実・意匠であれば×、条約であれば○に倒す方が正解を得られる期待値は高い。感覚的な印象よりも、データに基づく確率の方が信頼できる。
また、心理的な効用も見逃せない。「全く分からない」という状況でも、「とりあえず×にしておけば57%の確率で当たる」と知っているだけで、焦りが減り、冷静に次の問題に移れる。試験本番での精神的な安定は、思いのほか正答率に影響する。
おわりに
データをまとめると、弁理士短答式の「いくつあるか問題」における○×の偏りは、出題の構造的な特性から生まれていることが分かった。そして法域によってその特性は異なり、一律に「迷ったら×」とは言い切れない。
試験対策の本質が地道な知識の積み上げにあることは言うまでもない。
しかし、こうした確率的思考は、合格ラインを狙う一手として十分に機能する。特に最後の1点、2点を争う場合、あるいは試験時間の終了直前――それまで分からなくて解答を保留していた肢につき、いよいよ○×を決断する最終局面において、根拠のある「切り方」を知っていれば、何かの役には立つだろう。

本記事は、弁理士試験・短答式 肢別過去問これくしょん『短これ』に収録した過去問データをもとに分析・作成したものです。

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